歴史は繰り返すか?
このレジュメも当時の回顧録
KFR00711 送信日時.. :1999/06/1212:34 題名 :歴史は繰り返すか?
去る6/8(火)NHKのETV特集で「悠久の中国を語る」と題して陳舜臣氏が阿片戦争から孫文に至る苦悩の近代化への歴史を中国人としての思いを秘めながら、噛みしめるように視聴者に語りかけていました。この番組は以前にナチスの台頭と黎明期を背景に「ハイデイツガー」を取り上げたことがありましたが、今回は中国の近代史
その頃が1920年代で、ムツソリーニ率いる黒シャツに身を纏つたファツシスト党の誕生に遡ること約一世紀、歴史は1840年代の支那に舞台を移しての阿片戦争である。満州族が支那全土(今の中国)に建てた異民族王朝である清国は当時、徳川幕府にも匹敵する100年以上に及ぶ繁栄を謳歌していた。
そこへ降つて沸いたのがイギリスの砲艦からの一発である。江戸末期に太平の夢を覚ましたのもオランダやイギリスの砲艦からの一発であつた事と奇しくも軌を一にする。
当時 「太平の眠りを覚ます上貴煎(蒸気船)たつた一度で夜(よる)も眠れず」 と風刺されたが、それ程に上等な煎茶であつたのであろう。
阿片戦争の発端はイギリスの上流社会で愛用された紅茶の類がセイロン島や広州で広
く 生産され、それとの決済に使われていた銀が不足し、阿片を高価な薬草と偽つてイギリスが銀に代わる決裁条件にしたのが始まりであつた。 この為、支那全土に阿片の中毒患者が蔓延し、遂に清国は阿片を輸入禁止にした。決済手段を失つたイギリスは、清側の鎖国に近い貿易上の差別に対して資本主義原則を建前にして、砲弾を打ち込んだ。 しかも軍隊を上陸させて上海に至る要衝を悉く占領した。支那側にとつて屈辱的な南京条約は、かの時(第一次欧州大戦に敗北した)ドイツが背負い込んだ ウ”エルサイユ条約と同じである。 しかし開国によつて支那の近代化が加速されはしたが、清は民衆の動揺を押さえきれずに崩壊に至る訳である。その当時、攻め込んできたイギリス人が信奉するキリスト教にかぶれて乱をおこした太平天目を率いる洪秀全のような人物もいた。 戦後の日本にも似て非なる輩がいた? 彼は一時は全土を席巻したが、西郷隆盛のように、敢えなく消えていく.江戸末期の幕末の志士のような憂国の士が群雄割拠し、勢力を集め、合い争つた末に清が滅びる訳であるが、清に引導を渡したのが孫文である。 ここまでは、陳舜臣氏の語り部に付記して私が、同じく近代化の苦しみを味わつた江戸末
期の徳川家をだぶらせてストーリーに仕立てたものであるが、私は江戸の末期と清の末期を対比して歴史は繰り返すといつているのではない 確かに繰り返してはいるが、後追いの記述である。それよりも性懲りもなくこれから先も繰り返すであろう我が国の将来の見取り図を描きたかつたのである。 この問題に限らず、時として考えさせられる場面を記述して残したいというのは、いつ果てるるかもしれない自分の心の中の「つぶやき」として、留めて置きたいからに他ならない。 ところで、阿片戦争に始まつてイギリスに割譲させられた香港が100年ぶりに中|ヨに戻つてきた。そして耽美な西欧文化の象徴のような上海の外人租借地(日本もその一員だつたが)今は建物を残すだけとなつた。 孫文が死んだのは満州に生まれ育つた私がヨチヨチ歩きの頃である.. .親父は上海の居留民地区を商売でよく行き来していた。 日本の場合、大東亜戦争に負けて去勢されて、まだ50年である。そして阿片ならぬハソコンに代表されるアメリカのグローバリズムを飲まされて、日本中が中毒にかかつて仕舞つた. この形を変えた阿片に脳が麻痺し、アメリカ(ビルゲーツー派)の企みに載せられて骨の髄までしゃぶらされ収奪されているのが電脳奴隷に成り下がつた日本の若者たちの姿に思えるのである, 中毒患者の恐ろしさは阿片同様に、骨の髄までとろけるような気持ちよさに浸り、日本人という意識も国家という意識も消え失せて仕舞う.等しく廃人である。 中毒患者の特徴的な病状の一つは、現実とバーチャルの区別がまつたくつかない。コソボでなにが起きようが、北朝鮮でなにが起きようが、その映像は茶の間のゲームと同列ななである。二つ目は自分が属している集団即ち民族や国家が認識できない。それは猿にも劣る認知能力しかないと言うことである。 今後は動物学上の分類は改めて、哺乳類霊長科はヒト科なんて言わずにオランウータン、チンパンジー、それとクロマニヨン、モンゴリアン、ネグロイドの5種類ありとすべきであろう。白、黄、黒と見た日で違いが分かるので、分類学上そのほうが猿の分類よりも分かり易い。 クロマニヨンに飼い慣らされることは、人間に飼い慣らされた猿とさして変わらない。猿と違う点は、いずれかの日、強烈な民族意識に根ざした「自我」が働いて黄色人種よ!黒色人種よ!与えられた餌はおいしくともここでこで立ち上がらねば滅びる. ファツシストの登場なのである。 この番組の下りで、テレビで陳舜臣氏が締めくくつた 「歴史は常に時代が主人公なんだよ」という言葉が印象に残る。飼い慣らされたことに気ずくにも、時代が主役ならば あと5~60年くらいの歳月が必要なのかなぁ~ と思いつつ ---- でも俺はもう死んじゃつている! 参考文献:「文明の衝突」サミュエル・ハンチントン 集英社 参考文献:「国家と戦争」西部 通 外 飛島新社 参考文献:「文芸春秋」 西部 遇 今月号 誤解のないように私がファツシスト万歳!といつている訳ではありませんが、革命待望論者であることは確かなようです。でも状況如何によつては時々変節しますから (笑)
く 生産され、それとの決済に使われていた銀が不足し、阿片を高価な薬草と偽つてイギリスが銀に代わる決裁条件にしたのが始まりであつた。 この為、支那全土に阿片の中毒患者が蔓延し、遂に清国は阿片を輸入禁止にした。決済手段を失つたイギリスは、清側の鎖国に近い貿易上の差別に対して資本主義原則を建前にして、砲弾を打ち込んだ。 しかも軍隊を上陸させて上海に至る要衝を悉く占領した。支那側にとつて屈辱的な南京条約は、かの時(第一次欧州大戦に敗北した)ドイツが背負い込んだ ウ”エルサイユ条約と同じである。 しかし開国によつて支那の近代化が加速されはしたが、清は民衆の動揺を押さえきれずに崩壊に至る訳である。その当時、攻め込んできたイギリス人が信奉するキリスト教にかぶれて乱をおこした太平天目を率いる洪秀全のような人物もいた。 戦後の日本にも似て非なる輩がいた? 彼は一時は全土を席巻したが、西郷隆盛のように、敢えなく消えていく.江戸末期の幕末の志士のような憂国の士が群雄割拠し、勢力を集め、合い争つた末に清が滅びる訳であるが、清に引導を渡したのが孫文である。 ここまでは、陳舜臣氏の語り部に付記して私が、同じく近代化の苦しみを味わつた江戸末
期の徳川家をだぶらせてストーリーに仕立てたものであるが、私は江戸の末期と清の末期を対比して歴史は繰り返すといつているのではない 確かに繰り返してはいるが、後追いの記述である。それよりも性懲りもなくこれから先も繰り返すであろう我が国の将来の見取り図を描きたかつたのである。 この問題に限らず、時として考えさせられる場面を記述して残したいというのは、いつ果てるるかもしれない自分の心の中の「つぶやき」として、留めて置きたいからに他ならない。 ところで、阿片戦争に始まつてイギリスに割譲させられた香港が100年ぶりに中|ヨに戻つてきた。そして耽美な西欧文化の象徴のような上海の外人租借地(日本もその一員だつたが)今は建物を残すだけとなつた。 孫文が死んだのは満州に生まれ育つた私がヨチヨチ歩きの頃である.. .親父は上海の居留民地区を商売でよく行き来していた。 日本の場合、大東亜戦争に負けて去勢されて、まだ50年である。そして阿片ならぬハソコンに代表されるアメリカのグローバリズムを飲まされて、日本中が中毒にかかつて仕舞つた. この形を変えた阿片に脳が麻痺し、アメリカ(ビルゲーツー派)の企みに載せられて骨の髄までしゃぶらされ収奪されているのが電脳奴隷に成り下がつた日本の若者たちの姿に思えるのである, 中毒患者の恐ろしさは阿片同様に、骨の髄までとろけるような気持ちよさに浸り、日本人という意識も国家という意識も消え失せて仕舞う.等しく廃人である。 中毒患者の特徴的な病状の一つは、現実とバーチャルの区別がまつたくつかない。コソボでなにが起きようが、北朝鮮でなにが起きようが、その映像は茶の間のゲームと同列ななである。二つ目は自分が属している集団即ち民族や国家が認識できない。それは猿にも劣る認知能力しかないと言うことである。 今後は動物学上の分類は改めて、哺乳類霊長科はヒト科なんて言わずにオランウータン、チンパンジー、それとクロマニヨン、モンゴリアン、ネグロイドの5種類ありとすべきであろう。白、黄、黒と見た日で違いが分かるので、分類学上そのほうが猿の分類よりも分かり易い。 クロマニヨンに飼い慣らされることは、人間に飼い慣らされた猿とさして変わらない。猿と違う点は、いずれかの日、強烈な民族意識に根ざした「自我」が働いて黄色人種よ!黒色人種よ!与えられた餌はおいしくともここでこで立ち上がらねば滅びる. ファツシストの登場なのである。 この番組の下りで、テレビで陳舜臣氏が締めくくつた 「歴史は常に時代が主人公なんだよ」という言葉が印象に残る。飼い慣らされたことに気ずくにも、時代が主役ならば あと5~60年くらいの歳月が必要なのかなぁ~ と思いつつ ---- でも俺はもう死んじゃつている! 参考文献:「文明の衝突」サミュエル・ハンチントン 集英社 参考文献:「国家と戦争」西部 通 外 飛島新社 参考文献:「文芸春秋」 西部 遇 今月号 誤解のないように私がファツシスト万歳!といつている訳ではありませんが、革命待望論者であることは確かなようです。でも状況如何によつては時々変節しますから (笑)
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