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2008年10月11日 (土)

[オウムの亡霊」 忘却の彼方から その1

「オウム真理教」は悪魔の思想か? が私の今回のレジュメ課題である。誤解のないように、私はオウムを肯定している訳ではない。私の視座はレジュメを最後まで読んで頂ければお分かりになると思う。

私は平成の幕開けに起きたサリン事件に際して、驚きも衝撃も全くといつてよい程感じなかつた。寧ろ、衝撃の程度で「平和ボケ」した人たちの右往左往する姿を冷笑していた不見識な人間?であつたことを先ず申し上げておくとして 

個人問題とは別に、此の上もない不幸を味わつた当事者の冥福を祈る気持ちに変わりはないが、一般大衆にとつては風化しつつあつたオウムが、その教えの形を変えた復活を巡り、上祐氏等の「ポスト オウム」と言う事で昨今の話題になつている。当時、「科学技術省次官」広瀬健一被告の公判に於ける被告尋問の模様が詳しく報道された。

彼は早大理工学部応用物理学科を主席で卒業した秀才である。そして逮捕後に彼が教義の呪縛と決別できたのは、脳生理学や心理学の本を88冊も読み、神秘体験や、幻想がDNAや、シナプスの励起に依る脳内作用であることを悟つたからだと供述している。

嘗て、脳機能学者と称する苫米地某が「脳内で起きている現象は凡て数学的函数で記述出来る。何故なら、人間の心をブラツクボツクスにして、外から刺激を与えて、その結果 (OUTPUT)の信号がどうでるか?を調べればよい。人工頭脳もそんなに遠い将来の話ではない」 と嘯いていたが、脳の機能をコンピューターでエミュレートする事と、生理器官である脳のシナプスの合成が出来ると思い込んで取り違えた物理学者と化学者の違いを、まざまざと見せつけられた思いがする。

以上の記事を読んで改めてオウムとは一体なんだつたのか?平成の幕開きを飾つた事件として闇から闇へと葬るべき悪夢の如き存在だつたのだろうか?この先何処に流れつこうとしているのか?を今更に問うてみたい。そして、一人二人ではない 上祐を始め何十人、何百人、或いはそれ以上の所謂ゆる、エリート学生や知識人がのめり込んだオウム真理教に焦点を合わせることは、私にとつては、マルクス論やヘーゲル論やニーチエ論にも比すべき問題だと考えたからに外ならない。 そして、彼らが異句同音に 「神社、仏閣は一幅の風景画に過ぎない ヘーゲルやマルクス、ポストモダンに至る近代思想さえ、いかめしく着飾つた言葉の戯れ言にすぎない」 と言いつつ澄んだ目で人を殺していく。殺す瞬間に、彼らの思考を停止させる程の衝動に駆りたてた「意識の深層」にある何かを検証してみたかつたのである。昨今、多発する殺し殺される事件の背景とは関係なく------ 

近代以前に遡れば、戦国武将の時代の本願寺、江戸時代の天草四郎(キリシタン)の例を引き合いに出すまでもなく、当時、教えに殉ずる彼らの価値観は解釈には色々あろうが、私なりに納得出来るものがある。

オウムも広い意味で仏の教えである。人を殺す行為が卑劣であつたかどうかは善悪そのものが相対的な問題だと解釈しなければ、今でも世界中で凄惨に繰り広げられている民族問題や宗教問題に起因するテロ活動による殺人は凡て「悪」だと誰が断定出来るのであろうか? 倫理感を超える何かがある。

近代以降も洋の東西を問わず、日常茶飯事に行われて来たことは事実である。手元に総解説「世界の戦争.革命.反乱」 自由国民社発行 がある。これを読むと、まさに人類は殺し合いの歴史である。(動機はどうあれ

稀にはなつたが、今でもアメリカでは黒人の教会が爆破されて多数の死者がでている。キリスト教原理主義を巡るお互いの価値観闘争である。勿論、建国以来のアメリカの風土に根強く残つている、ニガー、イエローという人種差別にも原因してることも確かであろう。

麻原彰晃が罪を認めず従容として死んでいつたら?吉本隆明がマスコミに叩かれた原点は麻原のカリスマ性の評価にあつた。オウムの教義は、彼の編み出した宗教ではなく、キリスト、イスラムに比肩する仏教の中で、金剛乗という教義の違う教えの一つである事に間違いはない。バジラヤーナ(救済の手段)も彼が編み出したものでもない。ヨーガ・タンタ
ラの教えを忠実に実践すれば行きつく先はそうなる。

以上私の問題提起の要点を抽出してみれば、次なる5点に集約される。

麻原彰晃のカリスマ性

既成宗教に対するアンチテーゼ

擬似科学性

価値に対する飢餓感

オウムが残したもの(正と負の部分)

(1)麻原彰晃のカリスマ性に就いて

欧米人のように、生まれた時からア・プリオリにキリスト教と共にある生活をする場合は別として、物ごころがついてから宗教を信仰する事は、普通、「悟り」を開く為に入信するといつて過言ではない。

入信する動機はともかくとして、「悟る」ということは、頭の中で色々に思考する「悟り」という概念を「忘却」することに外ならない。考えて済むなら哲学で間に合う。哲学から宗教に至るには、心の「飛躍」が必要であろう。

例えば、ヨーガ・タンタラの教えに従う厳しい修行がその概念を「忘却」させる。麻原彰晃の不幸に生まれ(殆ど眼がみえない)、不幸に育つた(大学にも行かして貰えない)彼の呪いと怨嗟はかくして「忘却」され克服されて、解脱に至つた。戯画的に云えば、ニーチエの”ツアラツストラ”に語らしめた彼の姿と言えよう。まさにパロデイーそのものである。

群衆で溢れた静寂な闇夜の広場で、何処からか一条の眩い光が闇を貫き壇上に向かつて流れる。そして、その矛先を鼻髭を蓄えたヒツトラーの絶叫するような鼓舞と演説する姿にスポツトをあてる。その身振りと鋭い目つきにどよめきと歓声が沸き、広場は興奮の坩堝と化す。アイル ヒツトラー! ナチスのクライマツクスである。

荘厳で人々を威圧するような神々を祭つた広々としたサテイアンのバルコニーのなかで、信者たちが祈祷しながらひれ伏している。洗脳されている最中である。その一段と高い場所に髭むじゃになつた顔で重厚な風貌の麻原が瞑想しながら独り座禅を組んでいる。静まり返つた犯し難い雰囲気の中で一瞬 ”喝!”という声と共に空中に高々と飛び上がる そして再び何事もなかつたように祈るが如くひたすら瞑想に耽る。信者にこの人だ!と思い込ませる緊張の一瞬である。そして魂が奪われる一瞬でもある。

解脱した人間とは、何時でも腹を切れるよ、飛び込み自殺だつてやつてみせるよ、という狂気と紙一重の覚悟が雰囲気として醸し出され、接する人にひしひしと伝わつてくるような相手であろう。長い間の苦悩を経て、この境地に達した人の説法には鬼気迫るものがある。しかも、その人が先天的に具備している気品や風貌があれば尚更である。

心が満たされない、腐りきつたこの社会では果たせない自己探求のために入信した迷える子羊たちにとつては、神々しいというか、凛々しいというか、そのカリスマ性に跪くのである。外部の情報が遮断されたサテイアンの道場での修行を通じて帰依心がますます研ぎ澄まされていく。

ナポレオン、ヒツトラー、西郷隆盛、吉田茂、田中角栄、例として適当かどうかは別にして、私にはそう思える。所詮、青二才の青年たちや悩める子羊たちがこのカリスマ性に心酔すれば、思考は停止する。

そのところを大澤真幸氏は「戦後の思想空間」ちくま新書 の中で次のように述べている。

233ページ 超越性の否定;-----------------------

麻原への帰依というのは、徹底したシニシズムを前提にしています。この事を理解するには、次のことを思い出すとよい。オウム事件の時にマスコミはこぞつて麻原彰晃は俗物だという宣伝をしましたね。

そういうふうにして麻原を崇め奉つている人の目を覚まさせようとしたんです。しかし、ちょつと考えて欲しい。どうして麻原が俗物と判つたのか?麻原が俗物であるという事を知つたのは、全部信者から聞いたからです。信者から聞いて、俗物だと言つているわけです。

すると、逆に言うと、信者は麻原が俗物だとわかつていても信じていたということですね。それは消費社会シニシズムのグロテスクなまでの徹底です。言い変えれば、麻原は俗物だけど超越的なんです。

普通に考えると、超越的なものと俗物というのは相反するんです。けれど麻原は違う。俗物であるということが超越である根拠になるわけです。要するに、麻原は、超越性を否定していることにおいて、超越的なんです。

麻原は「最終解脱者」だと言われた。それは、麻原が、世俗の人間であるがままに、つまり内在的で非超越的な存在者なままに、すでに神になつている、解脱してしまつている、ということです。そして、これは、「クラゲの研究者」が天皇である、という構造と同じす。------------------------

とは書いているが、私に言わしめれば、この論理は吉本隆明の二番煎じに過ぎない。開き直れば何でも出来る。何時死んでもいいという明鏡止水の覚悟があれば、その捨て身の姿に武士の凛々しさが生まれる。時代を捨象して三島由紀夫に西郷隆盛の風貌が具われば、風林火山の武田信玄になる。

戦国時代の昔、本願寺が焼き討ちにあつた時、狼狽えて逃げ惑う俗つぽい人間たちが、炎のなかで念仏を唱えながら、「火もまた涼しからずや」と言つて従容として死んでいく帰依者の姿に跪いた心情は現代でも同じであろう。

西郷は自刃した。三島も自刃した。三菱重工爆破事件の首謀者も自殺した。イスラム過激派の若者も自爆した。麻原は500万円か800万円の金を握つてサテイアンの屋根に潜んでいた。女まみれ、金まみれの末路に神の尊称を与えるということは、この人にはオウムが超越すぎて、理解できない存在なのであろう。

法廷での記録にあるように、正しい行いをしたと信じている信者を牢獄に入れておいて、検事の指摘に答えて「あれは私の指示ではない」と嘯き責任を回避しようとする姿に醜さを感じているのは私だけではなかろう。

冗談というか、軽蔑した思いで彼の心境を推測すれば、当たり外れの多い予言者でもある彼としては、1999年7月のハルマゲドンを自分の眼で確かめたいが故に、どうしても生き延びて裁判をその日まで延ばす覚悟をした?

捕まつた信者が二三の例外を除いて、等しく俗物であるといつた事実の裏返しに、それでは、信者の心を捉えたものがなんであつたか?を検証すべきではなかろうか カリスマ性よりもエセ科学であり、病んだ心の癒しに対する既成宗教への無力感、加えて、この世に生を受けた自分の意味ずけを追求したいという「価値への飢餓感」 こそを問題にすべきであろう。

すがりつく相手ではなく、すがりつきたい気持ちがあつてのすがりつく相手であつた筈である。

著者は40才の若さで、しかも「実証に徹した科学」に手を染めたことのない論壇的社会学者である彼にそれを求めるのは無理な話かも知れない。サリンはアウシュビツツの毒ガスと等価なものであるが故に、そのガスの形而上学的な意味を探る(著書の219ページ)とはどういうことなのか?

だから彼としては、どうしても「ポストモダン」の視座からオウムを総括することになる。

(2)既成宗教に対するアンチテーゼ

現代に於ける新興宗教と既成の宗教との差異は、新興宗教の多くが等しく「倫理性」を欠いている点であろう。

倫理という概念は色々に定義されるが、要するに人と人との関係に於いて、お互いが「あるべき」また、お互いが「あらねばならぬ」 在り方の規範といえよう。早い話が「自分がされたくないこと、例えば自分が殺されるという嫌なことは他人に対しても、してはいけない」という原点意識は修身教科書風の倫理感である。

しかし、倫理とはその人にとつては、人生あつての指針であるべきで、人生に意味を与える為にある筈のものである。とすれば逆に、反倫理的な指針もその人の人生に意味を与えるというのであれば充分に倫理的でありうる。

新興宗教は入信する人々に人生の意味を与えてくれるが、倫理的な意味は与えてくれない。それを与えてきたのが既成の宗教である。儒教に発する神道もそうであつた。

昔、荘園領主や村社会の掟に背いて、例えば為さぬ仲で駆け落ちをする村の男女が、八つ裂きにされたり村から追放されたりしたが、このような掟の延長線上に倫理や宗教があつた。村を広げてそれが日本国であつてもその構図は似たようなものであつた。

戦争に負けて以後、この国は道徳的規範も色褪せ、国民は過去の戦争の責任を問う反
省と自虐意識一色に染まつて仕舞つた。天皇崇拝や宗教弾圧に対する反動として、合理主義的思想(市場原理主義)に洗脳された時代が今なお続いているのである。この風潮は平和な社会の中で、一方では物質的な豊かさと、一方では何らの規制もない自由奔放な言論の自由に支えられてきたのである。

そして既成の宗教は、特に日本の仏教は儒教と癒着しながら葬式仏教化して仕舞つた。今や宗教といえば、船井幸雄推薦本と同様、マインドビジネスと揶揄されるジャンルに属するといつて過言ではない。この「宗教的空白」にカルト的色彩の強いオウムが入り込むのは必然であつたかも知れない。カルトにのめり込む若者が満ちみちている此の国に於いては当然の現象であつた。また、これからものめり込む若者がでてくることであろう。

新聞の報道やWebサイトによれば、オウム真理教は埼玉県都幾川村にある元の保養施設を買い取り修行道場にしたと伝えている。現在、道場は30ヶ所以上、信者は在宅を含め、一万人を優に超える存在になつているとのことである。

以下続く

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