歴史認識
この回想録も約10年前に或るML上で発言した記録です。
私は死を視点を変えて話しかつたのですが、個の死ではなく、個人がどうえようと、日本民族があの時の戦争を総括していなかつたことが、人ごとではなく、皆さんがメールしたような感情や倫理を超えた次元で、世界の中に共存せねばならない運命を持つ此の国が、今後共馬鹿にされ(海外に長く住めば分る)自虐の道を歩まされることに我慢ができないのです。昭和29年から以降何度も社用で欧米に出張を命じられての体験ですが~
日本人はコツプの中にいて外をながめているだけ ご存じ?イエローキャブつて 海外をふらつく日本女性に欧米人が奉つた別名です(黄色い乗り物)私も海外でこの蔑視言葉を耳にした時、恥じました。
日本女性の殆どはこうではないのにそれが此の国のなれの果てなのか?それには侵略だ!韓国併合だ!南京大虐殺だ!それ見たことか! と声高にわめく文化人、左翼、人権主義者 欧米に行けば分かることですが、歴史的事実を自分の都合に合わせて勝手に取捨選択し言うべき事も言わず、大きな歴史の流れ中で、評価を後世に任すべき問題を今ひたすらに謝り続ける此の国が異様に思えるのです。
虐殺をいうならアメリカはどうなんだ?ロシアはどうなんだ?あの当時の中国の便衣隊(毛沢東率いる八路軍が放つた民衆に化けた兵隊)のした事はどうなんだ?と問える勇気もなく、日本と云う国は気味が悪いと私も何度も云われました。彼らには歴史書にも公的文書にも謝罪すると言う記載はありません。戦前のロシアがそうではないですか?今でもそうですが
あの満蒙開拓団、数百万人を、ポツタム宣言を受諾した(降伏した)ことを知つていた筈のソ連が、8月10日を期し自国の囚人を野に放つて満州に侵攻し、蹂躙しました。虐殺、集団レイプの凄惨さは筆舌に尽くし難いものがあります。 その事実も完全に封印されました。それも日本人自身の手で
私が某商社にいた時、商談にきたソ連人を詰ると、どう答えたか?そんな事実はソ連の何処を探しても記録にない! いい加減なことは云わないで欲しい 自分が聞いているのは、どさくさに紛れ逃げる途中に、日本の兵士が集団で自国の婦女子をレイプしたと教えられている。その記事が欲しければあげるよ? と
やつと 最近 「殺戮の草原 褐根廟巡礼記」 がひつそりと千葉の出版社から刊行されましたが、店頭にはありません 但しこれは氷山の一角に過ぎません。 もつともつと多くの事実が隠されているのです。
ろん書房 千葉県流山市流山2-296-5 TEL:0471-58-0035
ドイツは戦争をどの様に総括したか?ナチこそは総括したが、あそこに行つて分かる事だが、自虐なんてドイツ人は思つてもいないし、私は聞いた事もない!彼ら白人はお互い戦後処理は非常に上手にやる。
なるが故に、日本人としても、隠され、封印された事実を、当時の戦勝国であるアメリカやロシアに正視して貰えないだろうか?を何故問えないかと言いたいのです。
そう云えば近く”プライド--東条英機”が映画になるようですね語れる人も段々にいなくなりましたが、私は満州に家族が置き去りにされて単身、東京の大学に籍を置いていた身として、着のみ着のまま、幼い子供をだつこして、生まれ故郷である東北地方の田舎に戻るべく上野駅から引き揚げてくる悲惨な体験をした日本人難民の身の周りの世話を、「在外同胞救出学生同盟」の委員長として、私同様に東京に取り残された学生たちと一諸に深夜遅くまで上野駅や上野寛永寺でして参りました。.
旧満州や北朝鮮からの引き揚げ者の現地での生々しい体験と声を、記憶を辿りながら次の世代に残したい。ここでは、個人感情のレベルの死を問うている訳ではなく、75才にもなつた今、自分としては、この国と日本民族の”死に至る病”を書き残したいと思つているのです。------
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